乙骨憂太「先生に二度も親友を殺させない」の意味は?羂索を自分が殺すと決めた理由
※この記事には『呪術廻戦 』、原作第174話・第243話・第249話・第261話、TVアニメ第59話のネタバレが含まれます。
乙骨憂太が仙台結界で決意した、
「先生に二度も親友を殺させない」
乙骨らしい優しさを感じる一方で、「先生と親友は誰?」「なぜ二度なの?」と疑問に思った読者様もいるのではないでしょうか?
この言葉で乙骨が守ろうとしたのは、五条悟の命だけではありません。
五条が過去に背負った苦しみを、もう一度繰り返させないことでした。
さらに第249話と第261話まで追うと、乙骨が五条の負担を分けようとした思考だけでなく、自分が背負いすぎる危うさも見えてきます。
この記事では、セリフの意味、乙骨が羂索を自分で倒そうとした理由、その思考を現実へ活かす方法まで一緒に考えていきましょう。
この記事で得られる考え方
- 頼れる人ほど大丈夫だと決めつけず、その人が背負ってきたものを見ること
- 助けたい気持ちを、実際に分けられる役割へ変えること
- 負担を分けることと、自分だけで全部を抱えることを区別すること
乙骨の行動を通して、上記3つの考え方を見つけていきます。
それでは紹介していきますね!
「先生に二度も親友を殺させない」よくある質問

「先生」と「親友」は誰を指している?

先生は五条悟、親友は夏油傑を指しています。
五条と夏油は高専時代の同級生で、互いを認め合っていた関係です。
その後、夏油は呪詛師となり、五条とは別の道を進みました。
乙骨が言う親友とは羂索ではなく、五条の親友だった夏油傑です。
なぜ「二度も」親友を殺すことになる?

1度目は、『呪術廻戦 0』の終盤で五条が夏油へ手を下したことを指します。
2度目は、夏油の肉体を使っている羂索を、五条が倒す可能性のことです。
羂索は夏油本人ではありません。
それでも、五条が羂索を倒せば、親友の姿をした相手へ再び手を下すことになります。
乙骨は、五条に同じ役目を繰り返させたくないと考えたのです。
漫画とアニメの何話に登場する?

対象のセリフは、原作コミックス20巻・第174話「仙台結界①」・紙版63pに登場します。
アニメでは、第59話「仙台結界コロニー」で描かれました。
乙骨は宣言どおり羂索を倒した?

乙骨は原作27巻・第243話で、羂索を討つ役目を実行します。
この場面では、髙羽史彦が作った隙を利用し、乙骨が羂索の背後から攻撃しました。
ただし、乙骨1人の力だけで作戦が成立したわけではありません。
髙羽の役割と乙骨の実行力がつながり、作戦は成功しました。
結論|乙骨はなぜ「先生に二度も親友を殺させない」と言ったのか

乙骨が「先生に二度も親友を殺させない」と言ったのは、五条に夏油の姿をした羂索へ再び手を下させないためです。
五条を最強の術師として頼るだけではなく、過去に親友を失った1人の人間として守ろうとしました。
乙骨は、相手を心配するだけで終わらせません。
羂索を倒す役目を自分が引き受け、五条の負担を具体的に分けようとしたのです。
この名言の場面から分かる乙骨の思考
- 五条に同じ役目を繰り返させないと決めた場面から分かる、相手の過去の痛みまで考える思考
- 消耗した仲間の分まで自分が動こうとした場面から分かる、助けたい気持ちを行動へ変える責任感
- 羂索討伐を実行した場面から分かる、言葉だけで終わらせず自分の役割を果たす覚悟
- 第249話で自分の選択を振り返る場面から分かる、行動した後も責任から目をそらさない姿勢
- 第261話で五条の負担へ向き合う場面から分かる、強い人だけに重い役目を任せない思考
- 自分が五条の代わりを引き受けようとした場面から分かる、優しさが背負いすぎへ変わる危うさ
乙骨の選択は、優しい行動だっただけではありません。
なぜ乙骨は、五条へ声をかけるだけでなく、自分が危険な役目を引き受けるところまで進んだのでしょうか?
第174話の場面から順番に見ていきましょう。
「先生に二度も親友を殺させない」が出た場面【20巻・第174話】

乙骨憂太「先生に二度も親友を殺させない」
引用元:原作コミックス第20巻・第174話「仙台結界①」・紙版63p アニメ:TVアニメ『呪術廻戦』第59話「仙台結界コロニー」
補足説明!
乙骨が仙台結界で一般人を守りながら、死滅回游を終わらせる方法を考えている場面です。
仲間たちは渋谷事変を経て、心と体を消耗していました。
乙骨は仲間の負担を減らすため、羂索討伐だけでなく、死滅回游の総則追加に必要な点まで自分で集めようとします。

智(さとり)の感想、思考活用法、解説!
この場面の乙骨は、五条を助けたいと考えるだけではありません。
誰が何を引き受ければ、五条と仲間の負担を減らせるのかまで考えていました。
私は、助けたい気持ちを具体的な役割へ変えたことが、乙骨の優しさを行動にしている部分だと思います。
一方で、羂索も点数も自分が引き受けようとする姿からは、乙骨が多くを背負いすぎているようにも見えますよね。
誰かを守ろうとする強さと、自分だけで抱え込む危うさ。
この両方が、短い言葉の中に表れているのではないでしょうか?
「二度も親友を殺させない」はどういう意味?

1度目|五条が親友・夏油傑へ手を下した過去

『呪術廻戦 0』で、乙骨は夏油と戦います。
乙骨との戦いで負傷した夏油は、その後に五条と向き合いました。
五条は、かつて同じ道を歩いていた親友へ自分で手を下します。
五条と夏油が最後に何を話したのかは、すべて読者へ示されていません。
そのため、五条の気持ちを1つに決めつけることはできないでしょう。
ただ、親友の最期を自分で引き受けた事実は、乙骨の言葉を理解するうえで欠かせません。
乙骨は夏油と戦った当事者でもありました。
自分の戦いの後に、五条がどのような役目を担ったのかを知っていたからこそ、同じ状況を繰り返させたくなかったと考えられます。
2度目|夏油の体を使う羂索を五条に倒させない

渋谷事変で五条の前に現れたのは、亡くなったはずの夏油の姿でした。
しかし、中身は夏油本人ではありません。
羂索が肉体を移る術式を使い、夏油の体で行動していました。
つまり五条が羂索を倒す場合、親友本人をもう一度殺すわけではありません。
それでも、親友の姿をした敵へ再び手を下す役目を五条が背負うことになります。
乙骨は、その役目を五条へ戻したくなかったのでしょう。
ただし、五条が羂索を倒すことをどのように感じていたかは、作中で細かく説明されていません。
乙骨が五条の痛みを完全に理解していたと断定するのではなく、五条へ同じ役目を負わせたくないと考えたことを、確認できる事実として分けておく必要があります。
乙骨が羂索を自分で倒そうとした理由

五条を「最強」ではなく、痛みを持つ1人の人として見た

五条は、周囲から頼られることの多い人物です。
困難な敵が現れれば、最後は五条が何とかしてくれると期待されてきました。
ですが、強いことと、何を任せても傷つかないことは同じではありません。
乙骨は五条の強さだけを見るのではなく、親友へ手を下した過去まで見ていました。
五条が背負ってきた過去まで考えたことが、乙骨が自分で羂索を倒そうとした理由の1つだと私は考えます。
現実でも、仕事ができる人や責任感の強い人へ、難しい役目が集まることがありますよね。
本当に相手を大切にするなら、「この人ならできる」で終わらせず、何度も同じ負担を任せていないかを見る必要があります。
消耗した仲間の分まで、自分が動こうとした第174話の乙骨は、五条だけを見ていたわけではありません。
渋谷事変を経験した仲間たちが、心身ともに消耗している状況も考えていました。
そこで乙骨は、死滅回游を進めるために必要な点を、自分が多く集めようとします。
乙骨が自分で引き受けようとした役割は、大きく2つあります。
- 五条に代わって羂索を倒すこと
- 仲間に代わって総則追加に必要な点を集めること
相手の苦しさに気づくだけでなく、自分が何を代われるかまで考える。
乙骨の責任感がよく表れている場面です。
乙骨が別の場面で重い役を引き受けた理由は、次の記事で詳しく解説しています。
乙骨憂太「虎杖悠仁は…僕が殺します」の意味は?虎杖を殺すと宣言した理由と覚悟

一方で、複数の重い役目を自分だけで担おうとする姿は、後の迷いへもつながりました。
優しさだけでなく、自分の手で終わらせたい気持ちもあった

第249話では、羂索を倒した後の乙骨が、自分の選択を振り返ります。
乙骨が羂索のもとへ向かっている間も、宿儺との戦いは続いていました。
合流した乙骨は、自分が宿儺戦に残る方法もあったのではないかと考えます。
それでも羂索討伐を選んだ背景には、五条を守る目的だけでなく、羂索を自分で終わらせたいという乙骨自身の気持ちもありました。
この点を入れると、乙骨の行動を単純な自己犠牲だけで説明できなくなります。
五条を守りたい気持ちと、自分で決着をつけたい気持ちの両方があったという見方は、第174話と第249話をつないだ解釈です。
人のために選んだ行動でも、自分の感情が含まれることはあります。
大切なのは、自分の気持ちを隠して善意だけに見せるのではなく、何のためにその行動を選んだのかを振り返ることではないでしょうか?
乙骨は「先生に二度も親友を殺させない」を実現したのか

羂索討伐を自分の役目として実行した

乙骨は第243話で、髙羽が羂索を引きつけている間に討伐へ動きます。
乙骨が最後の一撃を担ったことで、五条が夏油の姿をした羂索へ再び手を下す状況は避けられました。
その意味では、第174話で決めた役目を実行したと言えるでしょう。
ただし、乙骨だけで勝ったと考えると、髙羽の役割が見えなくなります。
髙羽が羂索の意識を引きつけ、乙骨が決着をつける。
羂索討伐は、役割を分けたから成功した作戦でした。
この事実は、乙骨が1人で背負おうとした第174話の決意を、別の角度から見直すきっかけになります。
第249話で見えた、乙骨が抱えた責任と後悔

羂索討伐を実行しても、乙骨の迷いがすべて消えたわけではありません。
宿儺戦へ戻った乙骨は、自分がその場に残っていれば、別の結果にできた可能性を考えます。
同時に、羂索を倒した後に起きる呪霊の暴走へ対応するには、乙骨とリカの力が必要でした。
どちらを選んでも、別の場所で危険が残る状況です。
乙骨は必要な役割を果たしながら、自分の選択が招いた結果にも目を向けました。
私は、ここに乙骨の誠実さと危うさの両方を感じます。
責任から逃げない姿勢は大切です。
ですが、起きたことをすべて自分の責任として抱えると、協力した人たちの判断や役割まで1人で背負うことになるでしょう。
第261話まで読むと分かる、乙骨が守りたかったもの

五条だけに重い役目を押し付けたくなかった

第261話では、宿儺との戦いに備えた作戦会議が描かれます。
そこでは、五条が敗れ、乙骨も自分の肉体で戦えなくなった場合の方法まで話し合われました。
周囲は乙骨の身を心配します。
それに対して乙骨は、五条だけへ人間離れした重い役目を任せ続けてきた状況へ反発しました。
第174話では、五条へ親友を倒す役目を繰り返させないと決めています。
第261話では、さらに広い意味で、五条だけを特別な犠牲の位置へ置かないと考えました。
第174話と第261話をつなぐと見えるのは、五条の負担を1人分として数えようとする乙骨の思考です。
最強だから負担がないのではありません。
乙骨は、五条が担ってきた役目も、仲間の負担として分ける必要があると考えたのではないでしょうか?
先生を守ろうとして、自分が同じ役目を背負った

乙骨は五条へ、1人で重い役目を背負わないよう伝えます。
しかし、五条の負担を分けようとした乙骨は、自分が代わりに人間性を捨てるほどの役目を引き受けようとしました。
相手を1人にしないため、自分がその場所へ立つ。
その覚悟は、乙骨の強さです。
一方で、五条の孤独を終わらせようとして、今度は乙骨が1人で背負う側へ進んでいます。
負担を分けることと、誰かの負担を丸ごと自分へ移すことは違います。
乙骨の選択を現実へ活かすなら、危険な役目をそのまま真似するのではなく、どうすれば誰も1人にしない形で役割を分けられるかを考える必要があるでしょう。
「先生に二度も親友を殺させない」から学ぶ乙骨の思考

相手の強さではなく、過去に受けた痛みを見る

頼れる人を見ると、今回も任せて大丈夫だと思ってしまうことがあります。
ですが、その人が以前も同じ役目を引き受け、傷ついていたかもしれません。
乙骨は、五条の強さだけでなく、夏油との過去まで見ていました。
現実でも、相手が仕事をこなせるかだけではなく、何度同じ負担を背負ってきたかを見ることが大切です。
例えば、いつも問題の調整をしている人がいたら、今回も頼む前に、前回どこが大変だったかを聞いてみる。
その確認が、相手を役割ではなく1人の人として見る最初の行動です。
助けたい気持ちを、具体的な役割へ変える

相手を心配していても、気持ちだけでは負担が減らない場合があります。
乙骨は、五条へ同じ役目をさせたくないという思いを、自分が羂索討伐を担う行動へ変えました。
現実で同じ危険を引き受ける必要はありません。
私たちが活かせるのは、助けたい気持ちを、実行できる小さな役割へ変える部分です。
例えば、忙しい相手へ漠然と声をかけるだけでなく、資料の確認、連絡、日程調整のどれを代われるか伝える。
自分が引き受けられる役割を具体的に示すことで、相手も助けを受け取りやすくなるでしょう。
負担を分けることと、全部を背負うことを区別する

乙骨の行動には、相手の負担を減らす優しさがあります。
同時に、自分が多くを引き受けようとする危うさも見えました。
現実では、1人が全部を代わると、助ける側が次に倒れてしまうかもしれません。
大切なのは、役割を移すことではなく、分けることです。
誰が何を担当するのか、困ったときは誰へ相談するのか、どこまでなら続けられるのか。
上記3つを先に共有することが、相手も自分も孤立させない助け方につながります。
誰かを守りたいときほど、自分だけで答えを出さず、ほかの人も含めて役割を決めたいですね。
まとめ|守るとは、相手の痛みを理解して負担を分けること

乙骨憂太の「先生に二度も親友を殺させない」という名言はいかがでしたでしょうか?
この言葉で乙骨が守ろうとしたのは、五条の命だけではありません。
過去に親友へ手を下した五条へ、同じ役目をもう一度背負わせないことでした。
乙骨は五条の過去を考え、自分が羂索を倒す役目を引き受けました。
そして第261話まで追うと、五条だけに重い役目を任せ続けたくないという思考が、乙骨の中で一貫していたように見えます。
その一方で、乙骨自身が多くを背負いすぎる危うさもありました。
では、誰かを守るために、私たちは何を大切にすればよいのでしょうか?
この名言から得られる答え
誰かを守るために大切なのは、相手が過去に受けた痛みを知り、自分だけで全部を代わるのではなく、続けられる形で負担を分けることです。
強い人や頼れる人にも、何度も任されたくない役目があります。
相手ができるかどうかだけでなく、これまで何を背負ってきたかを見る必要があるでしょう。
そのうえで、自分にできる役割を具体的に示し、ほかの人とも協力することが大切です。
答えを実践するための具体的な行動
- いつも頼っている人へ、前回何が大変だったかを聞く
- 自分が代われる作業を1つ、具体的に伝える
- 役割を引き受ける前に、困ったときの相談相手を決める
相手を守ろうとする気持ちが、自分や別の誰かの孤立につながっては続きません。
もし身近に、いつも難しい役目を引き受けている人がいるなら、その人の負担を1つだけ分けられないか考えてみませんか?
その1つの行動が、誰かだけを強い人にしない関係へつながるかも知れません。
それではまた、次の名言でお会いしましょう^^

